OLしながら妻しながら呑みながら・・・、の日常です。


by minmi-minmi
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カテゴリ:不妊治療( 17 )

一つ前の日記で省略した部分をちょっと追加。
(自分の覚えの為に書いておきたいので、難しい説明ははぶきます。)

まずは採卵ですが、3つ卵が取れました。
少ないです。。。
そのうち1つが未成熟卵だったので、残り2つを受精させ、ふたつともが受精してくれました。
2つの受精卵は分割していき、うち1つは桑実胚になって壊れてしまったようです。
そして、最後まで残った受精卵は5日目で桑実胚の状態で凍結していただきました。
4日目に桑実胚、5日目に胚盤胞になるのが理想的なのですが、卵の質にもよるそうです。

ところで、卵の質って聞いたことありますか?
もちろん個人でも質のいい卵、よくない卵があります。
でも卵の質と言うものは年齢が高くなるにつれ悪くなるのが一般的です。
生まれながらにして女性が持っている卵子は、年齢とともに老化していきます。
個人差はありますが、35歳を境に卵子の質は急降下するそうです。
排卵とともに数も減ります。
通常、生理と生理の間に1つ(とは限りませんが)の卵子が排卵されるわけですが
その影で30個ほどの卵子が大きくならずに黄体化するそうです。
これを聞くとちょっと怖くなりませんか?

私は35歳前半で不妊治療に入りました。
それから今まで、多分これからも、ずっと「卵子の老化」が恐怖です。
一刻も早く妊娠したいのはそれが理由でもあります。


さて、その後2泊3日でポリープ切除術を受け、大きな問題もなくその次の生理を迎えました。
普通、ポリープをとった後の生理は量も痛みも少ないらしいけど、私はひどかったなー。
でもその後の生理はすっきりしたもんです。
今まで生理までの序章が3日ほどあって、終わりもだらだらと続いていたのだけど
術後は「はい、今から始まりです」→「これでおしまい!」ってな具合。
5日ほどでぴたっと止まるようになりました☆
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by minmi-minmi | 2007-03-31 20:14 | 不妊治療
2回目のAIHも妊娠に至らず、11月よりICSIの準備に入りました。
簡単に言えば、ICSIとは女性の卵子を取り出して、男性の精子と顕微鏡下で受精させることです。
病院の方針や、女性の体質、年齢等によっても異なりますが、私はロング法という方法でホルモン剤を投与しながら複数の卵子を育て採卵に至りました。
普通だったらそこで採卵→受精→(受精卵凍結)→(融解)移植、となるわけですが、私にはまたひとつ問題が見つかったのでした(;_;)。

準備期間中の内診で
「この時期にしても子宮内膜が厚すぎますねえ。通水検査してみますか?」
と、M先生に言われたのです。
その場で消毒をして生理食塩水を入れてエコー検査をした結果、子宮に3つポリープが発見されたのでした(;_;)(;_;)。

ちょちょちょちょちょっとーーーっ。
ほんとにまー、次から次へと一体なんなわけ?
くっそー、いいよ!
何でも来い!だよ!
手術でもなんでもしてやろうじゃないの!

なんだか逆に開き直っちゃったのですが・・・。
先生がポリープ手術の時期、採卵、移植について2,3の選択肢を下さったのですが
ICSIに向けてのホルモン剤投与が始まっていた為、私は採卵だけは先にしてしまおうと決めました。
その場合、もしポリープが悪性であった場合
「なんで少しでも早く手術をしておかなかったか」
ということになる、といわれたのですが、悪性である可能性は1%、しかも私は以前に子宮頚管ポリープ(良性)ができたこともあるので、多分ポリープができやすい体質だろう、と先生と相談し、
採卵→受精卵凍結→ポリープ切除手術→受精卵移植
という形を選びました。

先生が言われるには、ポリープの手術は内膜をソウハするものなので、その後は妊娠しやすくなるそうです。
それを励みに頑張っていこう!と思って・・・。

そんなこんなで現在移植を終え、判定を待っています。(省略しすぎ!(-_-))
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by minmi-minmi | 2007-03-31 19:49 | 不妊治療

今までの治療(その1)

9月の真ん中に初めて病院にかかり、検査。
私の血液検査とオットの精液検査から、不妊の原因はオットであるとされました。
しかし、ICSI(顕微授精)でしか妊娠の可能性は薄い、と言われたもののICSIは約3ヶ月待ち。
早くて11月から準備を始め、12月になるとのこと。
病院にかかってるっていうのになんで治療を受けれないんだーーー(>_<)。

と、ここで先生が
「AIH(人工授精)してみますか?」
とおっしゃいました。

人工授精っていうととても仰々しく聞こえるけど、たいしたことではないのです。
運動精子のみを選別して子宮腔へ注入するだけ。
自然妊娠とそんなに大差はないと、私は思っています。

たまたま運良く時期が合ったため、2回目の診察で翌日排卵するだろう事が分かり
3回目の受診でAIH。
翌月2度目のAIH。

でも私たち夫婦はICSI組。
2回のAIHでは妊娠に至らず・・・。
でも最初から先生に「顕微授精でしか妊娠の確率は少ない」と言われていた為か、ほとんどショックはありませんでした。
ICSIの予行演習、そんな感じで受け止めていたから。

実は、そんなことよりもっとショックを受けるべきことがありました。
2度目の診察で内診があったのですが、そこで見つかったのが「子宮内膜症」。
右側の卵巣に3センチのチョコレート嚢腫がみつかったのでした(-_-)。

現在、10%の夫婦が不妊で病院にかかっているとは言うものの、90%の夫婦は普通に子供ができている。
なのにうちは2人して問題あり?
一筋縄じゃいかないねえ。
なかなか手ごたえがありそうです、みんみ家の治療は(-"-)。。。

でもこの間は「妊娠に向かって何かをしている状態」が嬉しくて、今思うとちょっとだけハイになっていたと思います。
病院にいけば、「次はあれ、次はそれ」と次々何か決まっていくんです。
それが嬉しくて病院に行くことが楽しくて楽しくて☆
不妊治療をしていた友達からも「そんな人いないよ?」って言われるくらい楽しんでいたなー。
ICSIの準備が始まるまでは・・・。


引っ張ります* ̄m ̄)プッ。
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by minmi-minmi | 2007-03-29 21:33 | 不妊治療

治療開始

さて、予約の電話から1ヶ月。
ようやく不妊検査の日がやってきました。
お互いにいい年、ということで、オットと2人TK病院に行ってきました。

ネットで色々と情報を得て、私がTK病院を選んだ決め手は・・・。
まずは「もしかしたら検査→治療に入るかもしれない」ということが大前提でした。
不妊治療=時間、お金のかかるもの、です。
その前提条件の上で、病院のHPや通っている方のblogからの情報を参考にさせていただきました。
ちなみに、TK病院は

①痛くない治療を心がけている
②患者の経済的負が少ない
③医師をはじめスタッフが信頼できる

とのことでした。

TK病院は総合病院で、産婦人科とは別に不妊科を持っています。
高度の治療も行っています。
そしてその不妊科は”不妊科”とはいいません。
別に名前を持っています。
私の本名が”みんみ”ではないように。
そしてそれは総合病院の不妊科に通う人たちにとって、気持ち的にとても役立っている、と私は思っています。
例えば病院に電話して不妊科に回してもらうとき、また病院の受付でかかっている科を口にしなければならないとき、「不妊科」とは言いづらい状況って多々あるものです。

石橋を渡る前に叩いて壊してしまうような性格のわたし的には、もしかして治療が長期に渡るかもしれない、と考えると経済的なこと、そして地理的に通いやすいか、フルタイムOLでも通えるか、も大きなポイントでした。

そんな感じでTK病院に決めたわけですが・・・。

時は流れ、昨年9月の中旬です。
初診のその日に細かい問診票を書き、私は血液検査、オットは精液検査を受けました。
結果が出るまで1時間くらいかかるとのことで、ポケベルを渡されオットと2人で院内のカフェでお気楽にお茶なんかしていたり。
もしかして・・・という気持ちもどこかにあったのだけど、生きてきて今まで、
悪いこともしていない、努力もしている、そんな状況でで不可抗力なんて起こったことがなかった。
だから多分大丈夫だ、と心の底では思っていたように思います。
でも実際は違っていたんですね。

ポケベルがなり診察室に入り、M先生が発した言葉・・・。
覚えていません。
結果を淡々と述べられました。
胸がきゅっと締め付けられるような感じがしたのを覚えています。
だって、まさかの男性不妊だったのだから・・・。
自然妊娠に至るには、精子の数が少ない、とのことでした。

そしてその後、続いてまた淡々と先生はおっしゃいました。
「極端なことを言えば、精子が1匹でもいれば妊娠は可能ですから。」

そっか、そうだよね。
大丈夫なんだ。
私たちは子供を持てるんだ。

先生がとても冷静な様子だったからか、不思議に私はショック以上に安心したのです。
なぜか、「あー、これで子供ができる。」って思ったのです。
今までの子作り期間なんて微々たる物、でも、それでも「ここで、この先生にお任せして、いわれた事をちゃんとやれば子供はできる」そんな風に思いました。
今までは試行錯誤の状態だったのが、先生によって道が引かれた感じ。

先生の言葉に私は少し涙が出たけど、私以上にはショックを受けているだろうオットを支えなければ、と思いました。
今思うと私って変な人だけど、先生の前でオットに「よかったね」と言った事を覚えています。
私としては「赤ちゃん、できるんだって!よかったね!」
だったんだけど・・・。
先生からしたら「男性不妊って分かってなんでよかったの?」だっただろうなー。

人工授精、体外受精、顕微授精の簡単な説明を先生から受け、私たちは自然妊娠は難しい、顕微授精をするしか可能性が薄い、と知ったのです。


今考えれば、なのですが、先生はすごい・・・。
月に○十人単位に不妊検査結果を伝えているのにもかかわらず、患者に最低限のショックしか与えない、そして下手な希望は与えず、それでも最大限の希望を与える。
私が先生の立場だったら、慣れとともに患者の気持ちを考えることを忘れてしまうと思います。
M先生は、事実は事実として伝え、過剰な期待は持たせず、それでも何とかなる、頑張って治療して行こうという気持ちを持たせてくれた・・・。
滅多なことで人をいいだとか悪いだとか好きだとか嫌いだとか判断を下さないオットも、M先生のことは信頼している様子。

そんな先生のおかげで、検査結果を聞く=治療開始となったのでした。
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by minmi-minmi | 2007-03-24 21:02 | 不妊治療

不妊科にかかるまで

父に言われた一言で、子作りを開始したのが1年半弱前。
一昨年の年末、でした。
それから半年強、オットの出張や排卵期に喧嘩をしていた2,3ヶ月は自分で見計らってオットとタイミングをとっていました♪
実質5ヶ月くらいかな?
病院に行くにはまだ早いかなとは思ったものの、父のこともあり少しでも早く子供が欲しかった私は、排卵日チェッカーを使ってみることにしました。
それがまた高いんですよねえ。
7日分で3500円くらだったかな?

でもなぜかチェッカーには陽性マークがはっきり出ず・・・。
仕方がないので翌月は病院で排卵日を調べてもらうことにしました。
毎月通うことになるかもしれない、と会社からすぐ近くの個人病院に行ってみたのですが、いきなりそこで腹の立つことがあったのです。

「子供が欲しいので排卵日を調べていただきたいのですが・・・。」
と、卵胞の大きさを調べてもらい「今日明日にでも排卵しそうですね。」と言われた直後のことです。
「これ。」
と先生が私に渡したもの・・・、それは
「不妊」
と大きく書かれた手帳でした。

これから子作りをしようって言うのになんで「不妊」なの?
そのときは本当に腹が立って、家でもオットに愚痴り、会社でも同僚に愚痴り・・・。
でも今になってみればその先生が不妊と書かれた手帳を渡してくださったおかげで、早々と不妊治療に入れたと感謝しています。
後々思えるようになったことだけどね・・・。

さて、その先生の下2ヶ月間オットとタイミングを取ったものの妊娠せず、気付けば昨年の8月になっていました。
その間も例の手帳の「不妊」の二文字が頭をちらつく。
トータル7,8ヶ月頑張った。

日本では、避妊していない状態で2年間夫婦生活をもったのに妊娠しない状態を不妊と言うそうです。
でも私たちは父のこと、年齢のこともあり、あの「不妊」手帳も気になるし、で一度2人で検査を受けてみようということにしました。

もしかしたらそのまま治療に突入することも考えて、通える範囲で一番いい治療の受けられそうな不妊科をネットで調べた結果、家から車で1時間、会社からも1時間のところににあるTK病院の不妊科で検査をしてもらうことに。
しかしどこもですが、有名な不妊科というものは本当に予約が取れないのですね。。。
TK病院も初診まで1ヶ月待ちと言われました。

そして、9月から私たちの不妊治療がスタートしました。
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by minmi-minmi | 2007-03-18 22:09 | 不妊治療

きっかけ

私たち夫婦は今年の4月で結婚6周年を迎えます。
結婚して何度か、オットとの会話の中で子供について出てきたことはありました。
でも、「もうちょっと2人でもいいよね」とか「今度の旅行が終わってからにしよう」だとかで4年半くらいは子供ができないようにしてきました。

以前は、オットは子供が大好きで、私はどっちかというと好きかな、くらいに思っていました。
それが変わったのは2年前。
妹2に赤ちゃんが生まれてからでした。
甥っ子君のかわいさといったらもうホントに半端じゃなくて、オットも現在2歳になった甥っ子を目に入れても痛くないくらいに可愛がっています。
そんな甥っ子とオットを見ていて私の気持ちも変わってきたのです。
「私の子供をオットがあんな風にかわいがってくれるのを見れたらどんなに幸せだろう?」

そんな風に思うようになって来た所で病気の父にいわれた一言・・・。
妹、甥っ子、私の4人でいたときのことです。
父は甥っ子を愛しそうに見つめながら言いました。
「みんみの子供も見たかったな・・・。」
って。
それまでただの一度も父は私たち夫婦に子供について何か言ってきたことはなかったのに・・・。
結婚して何年も子供を作らない私たちは、祖母や叔父には会う度に「子供はまだか?」と聞かれてきたけど、父も母も子供については何も言わない、そんな親です。
「おまえが幸せであればそれでいい。道をはずれた時だけは手を差し伸べるから。」
小さな頃から一貫してそのように育ててもらってきました。
そんな父が言ったその一言は私にとっては強烈なものでした。

その場では何の言葉も返せず、一人になって号泣しました。
とにかく父に子供を見せてあげたい。
間に合わないかもしれないけど、でも間に合うかもしれない。
この時初めて「両親に孫を抱かせることが今私ができる最大の親孝行だ」と思ったのです。
ひとそれぞれ状況と言うものがあり、何が親孝行であるかは違うと思う。
ただ、今の状況で私にできることは本当に限られているのです。

そしてオットにそれを伝え、その瞬間が私たち夫婦の子作りスタートとなりました。
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by minmi-minmi | 2007-03-17 23:43 | 不妊治療

いきなりですが

昨年の9月から不妊治療をしています。

治療の記録を残して行きたいと常々思っていたのですが、気持ち的なことや日々の忙しさにかまけて今まで延ばし延ばしにしてきました。

今までの治療、現状について、これから少しずつ書いていきたいと思います。
思います・・・よ。

・・・と思って書いた日記が、さっき消えました(-_-)。
かーなーり、ショックです。



リベンジしてやる。
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by minmi-minmi | 2007-03-14 22:48 | 不妊治療